母国語って大事だよな、の件
「日本語の本を持ってたら貸して。私、日本語に飢えてるから」
最初に滞在した家の奥さん(日本人)はそう言っていた。
彼女の子どもは日本語が分かる。
でも、子どもは自分からは日本語を話さない。彼らの生活言語は英語なのだ。
だんなさんはニュージーランド人なのでもちろん英語しか話さない。
だから彼女は日本語同士でまともに会話できる相手が近くにいない。
僕はそのセリフを言葉の上では理解していたけれど、
「飢える」という意味は理解できていなかった。今思えば。
***
ダニーデンにきて5日。
最後のステイ先を出て15日。
最後に日本人と会って話してからもう2ヶ月になる。
(なぜニュージーランドには日本人が溢れているのに僕は出会わないのだろう?)
ダニーデンはスコットランド移民の文化が色濃く残るとてもいい町だ。
大学のある学生街で、かつどこか酔いどれた雰囲気がある。
(全然関係ないけど、僕は酔いどれた街が好きなんだと思う。
吉祥寺とか高円寺とか荻窪とか、よく分からないおっさんが
昼間から酒飲んだりしてるから)
ここはとてもいい町なのに、
ここに来てから僕の気分はどんどん沈んでいった。
仕事がなかなか見つからないからだろう。
お金がどんどん減っていくからだろう。
きっとそういうことなんだろうと自分では思っていた。
***
昨日、ダニーデンの日本人教会がやっている交流会に参加してきた。
ダニーデンに住む日本人とニュージーランド人の親交を目的とした会だった。
ダニーデンは日本人が少ないようで、中国人や韓国人の人もいた。
クリスチャンじゃない日本人留学生なんかも参加していた。
教会主催なので最初にお祈りがあって、それからみんなで夕食を食べ、
無料の英語レッスンまでしてくれる。
そのイベントで久しぶりに人と対面して日本語を話したあと、
僕の気分は不思議と晴れやかになっていた。
ああ、神様(仏教徒の僕が何を言う)。
僕はほぼ29年間を日本で過ごしてきた。
海外一人旅はこれが初めてだ。しかも長期で。
こんなに日本語を話さない環境は生まれて初めてだ。
それこそが、ウツな気持ちの正体なのではないか。
日本語が話せないというストレスは、
僕が思っていた以上に僕の心を抑圧していたようだ。
それはいつの間にか忍び寄る夏の夜みたいに静かに僕の心を侵していた。
それは日本語のメールを書いても、電話で日本語を話しても解消されなかった。
他の言語を速く習得する方法は、それしかないところに自分を置けばよい。
単純にそう考えていた。それは正しいと思う。
語学学校の生徒みたいに日本人同士で固まらないように、
そして自分のなかに閉じこもらないように、積極的に他人に話しかけた。
英語の小説を読んだ(僕、日本語の本を持ってこなかったのです。馬鹿)。
自分がニュージーランドに来てから選んだ選択肢は
間違ってはいなかったと思う、たぶん。
でも僕は自分の選んだ道のマイナス要因には思いが至っていなかった。
母国語に飢えたところでそれがなんだ、と。それくらいの気持ちで。
母国語に飢えるということの、なんと寂しいことか。
ああ、僕は心底日本語が好きだ。好き好き大好き超愛してる。
自分を満たす何か不健康なものが少し明らかになると、
不思議に心が和らいでいくものですね。
「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」byキキ
テンテン。






